精密発酵カゼインにFDAが「懸念なし」 乳を使わないチーズが現実に
ニュースの概要
食品素材企業のFormoは、微生物の発酵で作ったカゼインについて、米国食品医薬品局(FDA)から「質問なし(no questions)」という内容の通知を受け取った。これは、食品成分の安全性を企業が自ら評価して届け出るGRAS(一般に安全と認められる)制度の審査で、FDAが追加の疑問を示さなかったことを意味する。精密発酵由来のカゼインでこの審査が完了したのは初めてとされる。カゼインは牛乳たんぱく質の約8割を占め、チーズが固まる仕組みや、のびや口当たりを決める中心成分である。牛を飼わずに同じ性質のたんぱく質を作れる道が、規制面で一歩開いたことになる。
引用元: Formo、精密発酵由来カゼインで米FDAの「懸念なし」通知を取得(Food Ingredients First)
分析・見解
植物性チーズが越えられなかった壁をカゼインが越える
植物性チーズの最大の弱点は、加熱したときの挙動である。ナッツや大豆から作ったものは、溶けにくく、のびず、焼き色も付きにくい。理由は単純で、乳の主役であるカゼインが入っていないからだ。カゼインは小さな粒(ミセル)を作り、酸や酵素に反応して網目状に固まる。この性質がチーズの食感の土台になっている。
精密発酵とは、酵母や菌に目的のたんぱく質の設計図を組み込み、タンクで発酵させて作らせる方法である。ビールづくりと原理は近い。出てくるたんぱく質は牛乳のカゼインと同じ構造を持つため、加熱してのび、熟成で風味が出るという、これまで植物性が再現できなかった性質を備える。
初のGRAS完了が持つ意味は、味より制度の側にある
今回の本質は技術の新しさより、制度が通ったことにある。精密発酵のホエイたんぱく質(乳清)は、すでに米国で2020年前後から複数社が「問題なし」の通知を得て、アイスクリームなどに使われてきた。ただしチーズづくりの核になるカゼインは、構造が複雑で扱いが難しく、審査の先例がなかった。
先例ができると、後続企業は審査の論点を読みやすくなる。提出資料の作り方、アレルゲン表示の考え方、製造に使った菌の残留確認の範囲などが、実務の物差しになるからだ。技術の優劣とは別に、市場参入の時間とコストが下がる効果は大きい。
乳アレルギーは解決せず、表示の議論が始まる
誤解されやすい点がある。動物を使わなくても、カゼインは乳アレルギーの原因物質のままである。したがって乳アレルギーの人にとって安全になるわけではない。米国では、乳由来であることの表示が必要になる見通しで、包装に「動物を使わない」と「乳アレルゲンを含む」が並ぶという、少しねじれた表示になる。
一方で、乳糖不耐症の人には恩恵がある。乳糖を含まないからである。コレステロールや抗生物質の混入を避けたい層、環境負荷を気にする層にも訴求できる。つまり売り先は、アレルギー対策ではなく、嗜好と価値観で選ぶ消費者になる。
価格と生産規模が次の関門になる
発酵タンクで作る以上、原価はタンクの容量と収率で決まる。ホエイたんぱく質の例では、販売開始から数年たっても、従来品より高い価格帯にとどまった。カゼインは使用量がチーズ1キロあたりに数十グラム単位で必要なため、乳の代替より、風味付けや食感改良の添加という形で先に広がるだろう。完全に乳を使わないチーズは、まず高級品や限定品から始まるとみられる。
ビジネスへの影響
乳製品を扱う企業は原料調達の選択肢が増える
乳業メーカーや食品加工会社にとって、精密発酵カゼインは脅威であると同時に調達先の分散手段になる。乳価や飼料価格、猛暑による乳量の変動に振り回されてきた企業は、一部を発酵原料に置き換えることで、価格の振れを抑えられる。まずは全量ではなく、全体の1割程度を試験的に混ぜる設計が現実的である。
日本では、遺伝子組換え技術を使った微生物由来の食品原料に対し、独自の安全性審査が必要になる。米国で通ったから日本でもすぐ売れる、という話ではない。国内で扱う予定があるなら、早い段階で輸入元に審査の状況を確認したい。
発酵食品や腸活を扱う事業者が取るべき姿勢
ヨーグルトや発酵乳を軸にした事業では、発酵という言葉の意味が広がる点に注意が必要である。消費者にとって、乳酸菌による発酵と、たんぱく質を作らせる精密発酵は別物だが、売り場では同じ発酵として並ぶ可能性がある。自社商品の強みが乳酸菌の働きにあるなら、そこを具体的に説明する表現を用意しておくべきだ。
投資や提携の面では、素材メーカーとの共同開発が有力な入り口になる。自社で設備を持たず、試作品の評価と販路で組むなら、リスクを抑えて新規商品の可能性を試せる。表示のルールが固まる前の今は、小ロットで反応を見る好機である。