精密発酵市場は2035年に286億ドルへ、年27.3%成長を支える条件を読み解く
ニュースの概要
市場調査会社Report Oceanは、精密発酵の世界市場が2025年の約25億ドルから2035年には286億ドルへ拡大するとの予測を公表した。2026年から2035年の年平均成長率は27.3%という高い水準である。背景として挙げられたのは、持続可能な食品原料への関心、代替タンパク質の需要、動物に頼らない乳・卵タンパク質、さらに酵素や香料といった機能性原料の広がりだ。精密発酵とは、酵母や細菌、真菌などの微生物に設計図を与え、特定のタンパク質や脂質、酵素などを作らせる技術を指す。畜産や農地に頼らず、発酵タンクで目的の成分だけを取り出せる点が特徴である。応用は化粧品や医薬の周辺にも及ぶ。
引用元: 精密発酵市場、2035年に286億ドルへ拡大との予測(Excite News)
分析・見解
10年で11倍という予測を、小さな土台から読み解く
予測の数字は大きいが、出発点の小ささにも目を向けたい。2025年の25億ドルは、世界の乳製品市場や食品原料市場と比べると、ごくわずかな規模である。10年で約11倍という伸びは、小さな土台が急に育つ時期に見られる数字だ。太陽光発電やリチウムイオン電池も、初期は似た曲線を描いた。
ただし、それらは価格が下がり続けたから広がった。精密発酵も同じ道をたどれるかが問われる。しかも今回の数字は一つの調査会社の試算であり、前提が変われば大きく動く。年率27.3%は、確定した未来ではなく条件付きの目標と読むのが妥当だ。日本の食品メーカーにとっては、「すぐ売上になる市場」ではなく「10年かけて準備する市場」の目安として使うのが現実的だろう。
成否を分けるのは大型タンクでの量産と精製コスト
精密発酵は、研究室では成功しやすい。難しいのは、数万リットル級の大型タンクで安定して作ることだ。微生物は温度や栄養のわずかな差で、取れる量が変わる。さらに、目的のタンパク質だけを取り出して純度を上げる精製(=不要な成分を取り除く工程)に、費用の多くがかかる。
乳タンパク質なら、牛乳から得る場合の価格に近づかなければ、一般向けの食品には使いにくい。そのため当面は、少量でも価値の高い原料から先に伸びるだろう。酵素、香料、機能性成分、卵白タンパク質の一部などが有力である。発酵は日本が得意とする分野でもある。味噌や醤油、酒造りで培った菌の管理と大量培養の知見は、この領域で活きる余地がある。
味や価格より先に、審査とアレルギー表示が壁になる
もう一つの壁は制度だ。米国では、精密発酵で作った乳タンパク質が、安全性の届出を経て販売された例がある。一方、欧州や日本では、新しい食品としての審査や表示の考え方が国ごとに異なる。承認に時間がかかれば、その間の資金繰りが新興企業を圧迫する。
アレルギー表示も重要だ。牛乳と同じ構造のタンパク質を含むなら、乳アレルギーの人には危険になりうる。「動物を使わない」ことと「アレルギーが出ない」ことは別の話である。ここを曖昧にすると、一件の事故で市場全体の信頼が傷つく。価格だけでなく、説明のしやすさも競争力になる。
競争相手は牛や鶏ではなく、既存の原料メーカーである
見落とされやすいのは、競争相手の姿だ。精密発酵は畜産の代わりとして語られがちだが、実際の戦場は食品原料の調達網である。大手の原料メーカーは、すでに発酵で酵素やビタミン、甘味料を大量に作っている。設備と販路を持つ彼らが本気で参入すれば、新興企業は技術を提供する側に回る可能性が高い。
つまり、市場が広がることと新興企業が勝つことは同じではない。成長の果実を誰が得るかは、技術の新しさより、製造の提携先をどう確保するかで決まるだろう。日本では、発酵設備を持つ中堅メーカーが受託製造という形で存在感を出す余地もある。
ビジネスへの影響
調達担当は全面切り替えより一部の置き換えから始める
食品や化粧品メーカーの調達担当者は、精密発酵の原料を全面的に切り替えるのではなく、一部の置き換えから検討するとよい。狙い目は、使用量が少なく、価格差を吸収しやすい成分である。香料、酵素、機能性タンパク質などが該当する。
試験導入では、価格のほかに三つを確認したい。供給量の上限、品質の安定性、供給元の製造拠点の場所だ。小さな新興企業が単独で作る場合、工場のトラブルで供給が止まる危険がある。複数の供給元を確保するか、受託製造先を事前に確認しておきたい。
表示とアレルギーへの備えが商品の信頼を左右する
商品開発の担当者は、原料の由来表示の方針を早めに決めておく必要がある。「動物由来ではない」と書くのか、「乳と同じタンパク質を含む」と書くのかで、消費者の受け止めは変わる。アレルギーの注意書きは、法的な最低限だけでなく、分かりやすさを重視したい。
輸出を考える商品は、販売国ごとの承認時期を計画に組み込む。法務や品質保証の部門を企画の初期から加えることが、実務上の近道になる。
投資や提携では菌株の技術より製造と販路を見る
投資家や事業開発の担当者は、菌株の技術だけで企業を評価しないほうがよい。見るべきは、大型タンクでの実績、精製コストの見通し、大手メーカーとの契約の有無である。研究段階の企業は多いが、量産に成功した企業は限られる。
発酵設備を持つ企業にとっては、受託製造や共同開発が現実的な入り口になる。自社で菌株を開発せず、既存設備を活用する形でも、市場拡大の恩恵は受けられる。まず小規模な共同開発契約から始め、成果を見て拡大する進め方が堅実である。